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【食文化】江戸は蕎麦、京坂はうどん!: 東西の麺文化の違いを克明に記した『守貞漫稿』

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2020/09/16(水) 02:26

江戸で屋台の蕎麦屋が発展した理由京坂の繁華街には「四、五町には一戸ナルベシ」(4~5区画に1軒あった)、江戸では「毎町一戸アリ」(どの区画にも1軒はあった)だったという。江戸のほうが、ニーズは高かったということだろう。
それには理由があった。江戸の住人は、圧倒的に男が多かった。諸説あるが、男1.8に対して女1ほどの割合だったらしい。市中には地方から職を求めて来た者が多く、大抵は一人暮らしだった。参……

この記事へのコメント

蕎麦がファストフードとして確立したのは大阪城建設時の大阪砂場

蕎麦のうまさがわからない味覚障害の関西人

蕎麦とトロは捨てる物 in 江戸時代

その割には三大うどんって関西外れてるよな

屋体見世 て言ってたって事は「店」はもともと「見世」だったのか?

どう考えても蕎麦の方が美味いね

漫稿とか何考えてるの…

もしかして京都と大阪の事を京坂って言うのかい そんな言い方があるんだな、初めて知ったよ

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